お金でしか食材を買えない和菓子職人には、もう戻らない
5、6年前のことです。
私は週末になるたび、福岡県うきは市まで食材を求めて通っていました。
土曜の夜、宗像市を出発し、道の駅うきはで車中泊。
日曜の朝は地元の旬を求めて動き回り、仕入れた食材を加工し、和菓子に仕立てる。
そんな日々を、夢中で繰り返していました。
生産者の方から直接仕入れるときは、価格交渉をせず、提示された価格のまま受け取っていました。
それは「食材が育つ背景」に耳を傾けたかったから。
誰が、どんな想いで、どんな季節のなかで育てたのか──
素材の命に、まっすぐに向き合いたかったのです。
しかし、ある日を境に歯車が狂い始めました。
信じていた仕入れの約束が直前になって反故になり、大切な催事に穴をあけることに。
また別の日には、必要な数を確保できず、お客様の前で無念な思いをすることもありました。
やがて私はうきはへの道を断ち、桃を求めて築上郡へ。
けれどそこでも、必要な量を安定して手に入れることができず、
どれだけ熱意を注いでも超えられない“限界”を感じました。
「こんなにも想いを込めて動いているのに、なぜ報われないのか──」
その時、私は心に深く誓ったのです。
お金でしか食材を買えない和菓子職人には、もう戻らない。
そして今──
私の畑には、桃が実り、黒豆、大豆、さつまいも、栗、お米、小麦、野菜……
暮らしを支える多くの作物が、季節のリズムとともに育っています。
桃は朝に収穫して、そのままシロップに加工し、かき氷へ。
小麦は自家製粉して、どら焼きや朝生菓子に生まれ変わります。
食卓の野菜も、ほとんどが自給。
味噌も、漬物も、すべてが手づくりです。
そして、お店の雰囲気も大きく変わりました。
時間に余裕が生まれたことで、お客様と目が合ったとき、
ふっと微笑み合える──そんな温もりに満ちた空間になったのです。
「あぁ、これが私の描いていた“豊かさ”だったんだなぁ」と、気づかされました。
お金で買えないものは、確かに存在する。
それをどう組み上げて、かたちにしていくか。
それこそが“人としての力”であり、“本当の魅力”なのだと思います。
今、私の暮らしは「土」とともにあり、「四季」とともにあります。
これからも、まっすぐに。
前へ、前へ。
和菓子このわ