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「自立」という言葉が、なぜここまで曖昧なのか
「自立が大切だ」
誰もがそう言う。
国も言う。
企業も言う。
教育も言う。
けれど現実を見ると、
本当に自立しようとする人ほど、
なぜか生きづらくなる。
それは不思議でも何でもない。
この社会は、
自立した人間を前提に設計されていないからだ。
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電気、水、通信、保険、税、流通、金融。
私たちの生活は、
「毎月、誰かから買い続ける」ことで成り立っている。
もし多くの人が、
必要なものを理解し、
作り、直し、調整し、
「買わない選択」ができるようになったらどうなるか。
企業は売れなくなる。
税は集まらない。
制度は回らない。
つまり――
社会そのものが困る。
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だから、この国では
「自立しろ」と言いながら、
「本当の自立」は教えられない。
技術は制限され、
知識は専門化され、
制度は複雑化される。
その結果、
人は依存する。
電気に依存し、
制度に依存し、
お金の流れに依存する。
これは陰謀でも悪意でもない。
依存を前提にした仕組みが、
あまりにも長く続いてきただけだ。
日本は特に、
この構造が洗練されている。
従順で、
真面目で、
「決められた通り」に生きる人が多い。
その代わり、
考えなくても生きられる。
考えない代わりに、
依存が深くなる。
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災害のたびに、
「自助が大事だ」と言われる。
だが平時には、
自助のための技術や選択肢は
「危険」「前例がない」「管理できない」という理由で
遠ざけられる。
これは矛盾ではない。
依存構造の中では、必然だ。
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それでも、
静かに依存から離れていく人たちがいる。
争わず、
叫ばず、
ただ理解し、
必要な分だけを整える人たち。
彼らは革命家ではない。
破壊者でもない。
ただ、
依存しない生き方を選んでいるだけだ。
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もし社会が変わるとしたら、
それは声を上げたからではない。
「買わなくても生きられる人」が
静かに増えたときだ。